当サイトのカレンダーでは、数字に欧文書体「Avenir Next(アベニール・ネクスト)」を使っています。Avenir Next は、現代のタイポグラフィにおいて幅広く使われているサンセリフ書体の一つです。
私はこのフォントを以前から大変気に入っており、「Avenir Nextで作られたカレンダーを飾りたい」というのが、カレンダー作りのきっかけとなりました。
この記事では、みにまるカレンダーの顔ともいえる Avenir Next と、そのオリジナルである Avenir について魅力や背景をご紹介します。
書体の生みの親たち
Avenir Nextには、二人の書体設計家が関わっています。
まず、オリジナルのAvenirをデザインしたアドリアン・フルティガー(Adrian Frutiger、1928–2015)です。スイス出身のフルティガーは20世紀を代表する書体デザイナーで、Univers(1957年)や自身の名を冠したFrutiger(1976年)をはじめ、現代でも広く使われる書体を数多く生み出しました。
フルティガーは、活版印刷の時代から写真植字、そしてデジタル時代まで、技術革新の波を乗り越えてきた書体デザイナーです。
フルティガーは、1988年に発表したAvenirを自身の「最高傑作」と位置づけていたそうです。この書体は彼にとって「人生で最も困難だった書体」であり、当初一人で開発を進めたAvenirには「自身の個性が刻印されている」と感じていた、とも伝えられています。
さらに、Avenir Nextへの進化には、小林章氏の貢献も不可欠です。2001年に日本からドイツへ渡り、モノタイプ社 (当時ライノタイプ社)のタイプディレクターを務める小林氏は、フルティガー氏との共同作業によりAvenirの改良を手掛けました。
小林氏はフルティガーの意図を尊重しつつ、この書体の拡張に自身のアイデアを反映させました。同じ日本人として深く尊敬します。
小林氏は欧文書体に関する著書も多数出版(Amazon.co.jp|小林 章著)されています。

2005年に発売された著書『欧文書体―その背景と使い方』は、私も当時に購入した一冊です。特に第2章「恥をかかないための組版ルール」では、欧文組版における引用符、イタリック体、ハイフン、ダーシといった記号類の正しい使い方が解説されており、大変参考になりました。
そして2025年5月には、内容が全面的に改訂された『欧文書体 基礎知識と使い方』も出版されました。欧文書体を勉強したいデザイナーにはうってつけの本だと思います。
AvenirからAvenir Nextへ
初期のAvenirは、3種類のウェイト(太さ)しか用意されておらず、それぞれにローマン体(Roman type:正体)とオブリーク体(Oblique type:機械的に傾斜させた斜体)があるのみでした。

その後、35 Light、65 Medium、95 Blackの3種類が追加され、6ウェイトまで拡張されました。しかし、ウェイト間の変化の度合いが小さく、デザインでメリハリを付けるのが難しいという課題がありました。
Avenirが誕生した1988年当時、グラフィックデザイン業界はまだまだアナログ全盛であり、手作業が当たり前の時代でした。90年代に入りMacintoshが普及し始めると、アナログからデジタルへの移行が段階的に進展し、2000年代にはデジタル制作が主流となりました。
その頃、インターネットやデジタルメディアの台頭に伴い、コミュニケーションやブランディングの手法も多様化しました。こうした時代の変化を受け、Avenirもアナログ時代の技術的制約から脱却し、デジタル環境に適応した書体へと改良する必要性が高まったのです。
そこでフルティガーと小林章氏は、共同でAvenirファミリーの改刻版を制作する新プロジェクトに着手しました。
Avenir Nextの誕生
2004年、Avenirの改刻版としてAvenir Nextがついにリリースされました。
技術面が大幅に拡充され、21世紀のデジタル時代にふさわしい包括的なタイポグラフィシステムへと進化を遂げたのです。

Avenir Nextの主な進化
- 24フォントにまで拡張された書体ファミリー(6ウェイト × ローマン/イタリック × ノーマル/コンデンス幅) ※のちに32フォントへ
- スクリーン表示への最適化
- 文字セット(グリフセット)の拡張
オリジナルのAvenirでは、ローマン体を機械的に傾けたオブリーク体のみでしたが、Avenir Nextでは傾きの不自然さを解消したイタリック体が導入されました。同時にコンデンス幅も用意され、タイポグラフィとしての使い勝手も大幅に向上しました。
さらに2021年には、Avenir Nextを拡張したAvenir Next Worldもリリースされました。
特徴はその名の通り、ラテン文字に加えてキリル文字、ギリシャ文字、ヘブライ文字、アラビア文字、グルジア文字、アルメニア文字、タイ文字など、150以上の言語・文字体系をサポートした点です。これにより、グローバルに事業展開するブランドは、媒体を問わず一貫した視覚的アイデンティティを世に送り出すことが可能になりました。
Avenir / Avenir Nextのデザイン特徴
Avenirの書体デザインは、幾何学的サンセリフ(Geometric Sans-Serif)に分類されます。

幾何学的サンセリフは、円や直線といった基本的な幾何学形状で構成されます。そのため、コンパスと定規で描いたような、シンプルで洗練されたフォルムです。
この幾何学的サンセリフで最も有名なのはなんといってもFuturaです。リリースされたのは1927年、当時の産業化や技術革新といった時代背景とも結びつき、モダニズムの思想を反映する書体となりました。現在でも広告やロゴ、公共物に至るまで、幅広い用途で広く使われています。
Futuraはラテン語で「未来」を意味しますが、半世紀後に生まれたAvenirもフランス語で「未来」という意味です。同じ意味の単語を当てたところに、アドリアン・フルティガーの決意を感じます。
さて、2つの書体を見比べると、同じ幾何学的サンセリフでも結構な違いがあります。

幾何学的という点ではFuturaがより厳格で、気品高くエレガントな印象を受けます。
ただ、その厳格な幾何学性ゆえに、Futuraは人間味に乏しく冷たく鋭い印象を与えます。また、長文テキストとしては硬すぎるうえ、xハイトが低いために文字の内部空間を確保しづらく、可読性が高いとは言えません。
そこでフルティガーは、幾何学的でありながら人間味もあり、長文にも耐えられる書体としてAvenirを構想してデザインしました。
以下、それぞれの字形を見比べてみましょう。ウェイトは共にMediumです。
字形比較1:a、O、o、G、Q

小文字の「a」に注目すると、Futuraが1階建ての「ɑ(アルファ型)」なのに対し、Avenirは伝統的な2階建て(double-storey)の「a」を採用しています。字形を明確に区別することで可読性を高めているのです。
大文字の「O」と小文字の「o」は、Futuraではほぼ正円ですが、Avenirではわずかに縦長の円です。これは、人間の目にとってより自然に見えることを意図した調整と言われます。
他にも「G」「Q」などは、形そのものがまったく別物ですね。Avenirの「Q」は真横に伸びる直線的なテールですし、「G」は左に突き出した直角のバーを持つ独特の形状が特徴です。
字形比較2:t、j、i、s、e、c、h、g

「t」「j」は、Futuraが直線なのに対し、Avenirはテール部分にカーブの突起を付けて、人間味が感じられるフォルムです。
Futuraの「j」は、単独で置かれると「i」と見分けがつきにくいです。それは厳格な幾何学性を追求した結果であり、「jのテールを曲げることは許容しない」という設計思想には、ある種の高貴さすら感じさせます。
「s」の字形は、ストロークの末端が鋭角的なFuturaに対し、Avenirではより緩やかなカーブを描いており、視覚的な柔らかさが生まれています。
「e」や「c」の開口部は、Futuraが円弧を強く意識させる形状なのに対し、Avenirでは可読性を高めるための繊細な調整が施されています。
字形比較3:A、V、W、M

「A」「V」「W」「M」は、Futuraでは頂点・底点が尖っていてシャープなのに対し、Avenirは平坦で柔らかいデザインです。
これらFuturaの4文字は、図形として強いシルエットを持ち、特にシャープな印象を与えます。小さいサイズの本文などでは、字形の個性が強すぎて悪目立ちしてしまうこともあります。
一方、Avenirの「A」「V」「W」「M」には鋭利さがなく、足元の安定感があります。
字形比較4:S、E、R、P、F、T

Futuraの「S」「E」「R」「P」「F」「T」は、字幅が狭いのが特徴的です。逆に同じFuturaでも「W」や「M」は字幅が広く、そのあたりのギャップも幾何学性を際立たせているように思えます。
これに対しAvenirは、全体の字幅がより均一になるよう調整されており、エレガントさを保ちながらも、高い可読性と汎用性を実現するデザイン処理が見て取れます。
実際の使用例
AvenirおよびAvenir Nextは、ロゴタイプとしての採用事例に加え、公共施設のサインシステム、ウェブサイトやアプリケーションのUI、さらには各種メディアの見出しや本文に至るまで、世界中のあらゆる場面で活用されています。
以下、実際の使用事例で有名なものをリストアップしてみました。
- TOYOTA(トヨタ自動車)
- 1989年10月にリリースされた、TOYOTAのロゴタイプにAvenirが使われる。(【豆知識】登録商標の変遷|トヨタ自動車75年史)
- ロゴタイプはAvenir 95 Blackをベースにカスタムされており、先進性と信頼性を感じさせる。
- 「O」や「A」は、カスタム調整が特にされている。
- JAL(日本航空)
- 2003年から2011年まで使用された4代目ロゴ(鶴丸を外し、国際的な感覚を意識したデザイン)には、Avenirをカスタムしたものが使われた。
- 皮肉なことに、この期間でJALは経営不振に陥り、2兆3,000億円という巨額負債を抱えて会社更生法を申請。
- Apple|macOSおよびiOS
- 2012年以降、macOSおよびiOSにAvenirとAvenir Nextがシステムフォントとしてバンドルされたことで、知名度が大きく向上。(System Fonts|Apple Developer)
- 2025年現在、両OSとも開発者・ユーザーはAvenir系を自由に呼び出せる。
- iOS 6 時代の純正の「マップ」アプリ、およびSiriの検索結果画面でAvenir系を採用。
- 現在のApple UIにおけるデフォルト書体は「San Francisco」だが、AppleプラットフォームにおいてAvenir系フォントが今後も定番の選択肢の一つとして利用され続ける可能性は高い。
- Disney+
- サービス開始時、Avenir NextをUIのベース書体に採用。
- 2024年から徐々に自社フォントへ変えている。
- Starbucks
- 商品パッケージ、店舗ガイド、広告、モバイルアプリなどで、Avenir/Avenir Nextが使われている。
- 公式のメイン書体は自社フォントだが、ブランドの補助書体として、ラベルや法的表記の小サイズでも読みやすいAvenir Mediumが指定されている。(WPS Starbucks Logo Requirements)
- ワールドワイドのガイドラインに書かれている3種類の欧文フォントに、Avenirの指定あり(スターバックスコーヒージャパン株式会社 クリエイティブスペシャリスト 河上 聡氏|Type Project)
近年、グローバル展開する企業やサービスでは、自社ブランドの特性に合わせた専用フォント(コーポレートフォント)を開発する事例が増加しています。
ただそうした場合でも、Avenirはそのニュートラルで汎用性の高い特性から、セカンダリ書体として採用されるケースも多く見られます。
Avenir Nextの数字デザイン
当サイトで配布しているカレンダーでは、数字(0-9)をAvenir Nextで組んでいます。そのAvenir Nextの数字の特徴・魅力を他のサンセリフ体と見比べながら紹介します。

Avenir Nextの数字は、モダンで洗練されていながらも温かみを持ち合わせ、優れた可読性を誇ります。どのような状況でも自然に馴染む調和性が、その大きな特徴と言えるでしょう。
Futura
同じ幾何学的サンセリフのFuturaは、「4」「5」「7」あたりの形状のクセが強く、数字に強い個性を求めない場合や、均一性が重視される文脈では、その特徴的な字形が目立ちすぎるかもしれません。
この硬質なクセがデザインとして機能するケースなら良いですが、価格や表組みのように数字が横並びするような文脈では使いにくさがあります。
カレンダーにおいても同様で、4や7などは幾何学的な鋭さが立ちすぎるため、いまいち採用しづらかった面がありました。
Gill Sans
Gill Sansは、1926年にリリースされたヒューマニスト・サンセリフの代表格です。イギリスでは公共サインなどに広く採用され、国民的なユーティリティ書体としての地位を確立しています。
数字を見ると、オールドスタイル的な伝統感がやや強いです。手書きのニュアンスが残る「2」「3」「9」などは人間味が感じられますが、主張しないミニマルなカレンダーとしては使いにくさがありました。
Gill Sansの興味深い特徴として、大文字の「I(アイ)」、小文字の「l(エル)」、そして数字の「1」が、すべて単純な縦線で表記されるため、見分けがつきにくいという点が挙げられます。価格表や時刻表などでの誤読は大きな問題に繋がりかねないため、対策としてセリフ付きの代替字形「serif 1」が用意されているほどです。
Helvetica
Helveticaは世界で最も有名な書体であり、その抜群の汎用性ゆえ、公共サインからブランドロゴまで、あらゆるジャンルで広く使われます。
数字も中立的で均整が取れています。ただ、数字単体での立ち姿はFuturaやAvenirと比べて美しいわけではないため、そこを求めると味気なさを感じます。
DIN
DINはドイツの工業規格として生まれた書体です。ユニクロのメインフォントとしても有名ですね。
この書体(オリジナルはDIN 1451)の出発点は、「遠距離からでも容易に識別できる、最大限の判読性」であり、鉄道や交通標識といった特定の用途のために作られました。つまり成り立ちがカリグラフィの伝統や芸術的探求ではなく、工業インフラにおける標準化の要請に応えた書体です。
また、DINはFuturaやAvenirほどではないですが、幾何学的な形状をしています。工業用として作られた起源があり、それゆえ徹底した機能性や合理性が宿っていると言えるでしょう。
数字は直線優先の設計で、四角味の残る「0」に代表されるように、角張ったリズムが強く出ています。また、DINの数字は等幅なので、桁を揃える標識などでは抜群に強く、価格表記などには適しています。
もしAvenirがなければ、当サイトのカレンダーにはDINを採用していたと思います。
まとめ
アドリアン・フルティガーは、当時人気を博したジオメトリックスタイルと、彼自身が持つヒューマニスト的な設計思想を見事に融合させ、Avenirを完成させました。このハイブリッドな性質こそが Avenir 最大の魅力だと感じます。
もしAvenirのカレンダーを飾りたくなりましたら、ぜひとも当サイトのカレンダーをダウンロードしてお使いください。
参照
- Avenir (typeface) – Wikipedia
- Avenir Next 書体見本 – Linotype GmbH, linotype.co.jp【PDF】
- Monotype Introduces Avenir Next World: A Typeface for Global Brands to Design Consistently Beyond Borders – businesswire
- Avenir Next LT Pro font family – Microsoft
- Linotype Collections – Avenir Next Font | MyFonts
- Avenir® Next Font Field Guide | Myfonts
- 『欧文書体―その背景と使い方(小林 章著)』